雑記

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【第7回】短編小説の集い投稿作品/『サクリファイス』

novelcluster.hatenablog.jp

 

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すみません・・・締め切り、すぎちゃいました・・・

もし、載せてもらえたら嬉しいです・・・

トホホ・・・

 

作品名は

      『サクリファイス』です。

 

よろしくおねがいします。

 

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            『サクリファイス』

 

                 9月

 一ノ瀬サトルは海沿いの国道を丁寧に整備されたロードバイクで走っていた。磯のにおいを嗅ぎながら、家に帰ったら海洋学系の本と、つい先程まで海辺でやっていた花火についての本が読みたいなと、高校3年生にしては出来過ぎなほどの好奇心を抱きながら自宅へ向かっていた。

 《帰ったら菜々にLINEして、健太の・・・・・・なんだっけな?まあいいか、健太は》

 Y高校一の美女・桜井菜々と交際しているサトルは、彼女への適切な対応を怠らなかった。それは半年後に大学受験が控える残りの高校生活を問題なく過ごす上でどうしても必要なピースであった。しかしサトル自身意識的にそういった計算をしているわけではない。菜々のことは、好きなのだ。

 バンド仲間の健太は大事な友人だが、それほど大事な用事ではない。わすれたのだから、俺にとって重要な情報ではない。サトルはそう判断した。

 文化祭の打ち上げと称してクラスメイト三〇人ほどで盛り上がっていたことも、明日にはそれほど覚えていないだろう。

 

 「ただいまー」というサトルの快活な声が一ノ瀬家の広々とした玄関に響いた。父の正吾がまるで待ち構えていたかのようにリビングから出てきた。

「お帰り。遅かったな」

「うん、ごめんね」

「いやいいんだよ。打ち上げだったんだろ?悪いな、いさせてあげられなくて・・・」

 正吾は頼りない表情をするほかなかった。

「父さん、もう謝らないでって言っただろ。どうしたのさ急に。それに里美に聞こえたら全てがおじゃんだぜ」

 サトルは正吾の右肩をポンっと叩いてリビングのとびらを開けた。

「ただいまー」

「お帰りなさい」

母の静子は不安げな顔を浮かべていた。遅れて入ってきた正吾は静子にむかって小さくうなずいたが、静子の不安は深まるばかりであった。

「お兄ちゃん二次関数のこれ教えて!明日部活から直で塾だからヤバイの!ってかお兄ちゃんまた背伸びた?」

「こら里美!・・・サトル、お風呂すぐ入ってくれる?焚いたばっかりだから」

「わかったよ。里美、風呂からあがってからでいいでしょ?」

「やった―!さっすが京大生!」

「来年な」

 自信たっぷりーという里美の言葉を聴かずに荷物を置きに二階へ上がろうとするサトルを、静子はすかさずに追った。正吾は冷蔵庫から高級のミネラルウォーターを取り出し一気に飲んだ。

「ちょっと、サトル・・・」階下から静子が囁く。

「大丈夫、どうせ10分で片付く問題だよ。11時までにはちゃんと入るから」サトルは軽妙なほほ笑みで応えた。

「・・・ごめんね」

「母さんもなの?いったいどうしたのさ急に。父さんまで陰惨な様子だし」

「なんでもないの。お風呂、よろしくね」

 サトルは風呂に浸かりながら両親の様子を少し思案したが、自分にとって不必要なことだと高をくくった。花火をしているときに気になった光についての本を読むことが、サトルの興味を引き立てていて、海馬に隣接する扁桃体は両親より光を選んだのであった。

 

里美への指導はものの5分で終わった。そして11時になる7分前に、サトルは自室のクローゼットに取り付けてある鍵を外した。

 そこには表面に無数のプログラムが映っている巨大なソファがあった。その後ろから人の腕ほどの太さのケーブルが伸びており、奥のハコにつながっている。真っ黒なハコ。縦は一メートルはあろうか、横と高さはその半分ほどで、このブラックボックスにも、よく見ると無数の文字がデジタルで流れている。

 このハコの名は、ポセイドン

 

 2015年一月、米の海馬体操作装置通称”ポセイドン”が開発された。対象者は『ホース』と呼ばれるエッグ型のソファに座る。海馬にある一時記憶をメーンコンピュータであるポセイドンに送り込み、予めプログラムしておいた対象者の情報と照らし合わせ、要/不要を判断し、再び対象者の海馬体に送り戻すことによって、必要な情報だけを脳の各所に記憶させる。

 つまり対象者の知能の発達を自動で促進するのではなく、あくまでも無駄な情報を長期記憶として蓄積させないのである。

 劇的な変化は見られないが、徐々に、少しずつしかし確実に、対象者は人間として、圧倒的に成熟していくのである。

 開発チームには米の他に日・仏・英の科学研究者が加わっていた。

 そして各国で10人ずつを対象とした実験が行われたのだ。対象者の基準は12歳~16歳までの健康体で、男女は問わず。父親が地方公務員として15年以上勤務しており、母親は完全な専業主婦。父方母方の祖父母は死亡していること。必ず持ち家があること、等々。

それら全てに当てはまった家がこの一ノ瀬家であり、そして対象者は当時十四歳だったサトルになった。

                  ◎

 

                 11月

 

「ところで、サトルくんですが、京都大学へ行くそうですね?」

 正吾は相模原にあるポセイドン開発組織日本支部に来ていた。毎月一度はポセイドンの対象者の父親がカウンセリングを受けることになっている。

 湖付近にある巨大な地下施設ではあったが、木目調の塗装が施されており、特にカウンセリング室はカフェテリアのようになっている。一応個室ような席が設置されているが、まったく圧迫感がない。

「ええ。サトル、京都が好きなようで、そこで大学生活を送りたいと口々に言っていたんです。・・・・・・」

「そうでしたか」

 計画実施以来ずっと正吾を担当している男の名を、正吾は知ることができない。痩せ気味の長身の男は少し禿げ上がっていたが、博識な雰囲気を漂わせていた。今年で五〇歳になる正吾よりは若いようだが、正吾はこの男の前でいつも緊張していた。

「やはり、問題が?」

 男はモニターから目を離し、正吾をチラと見て微笑んだ。

「一ノ瀬さん、サトルくんについてのことは全てお任せしてあると何度もお伝えしています。彼は自分で未来を切り開いていきます。あらゆる選択をできる能力が彼には備わっています、これからも尚一層成長していきます。そしてそれは、日本の社会にとって有益であり、またとても自然な選択になるはずです」

「はい」

「夜の十一時には必ずポセイドンを使う。できなければ私たちに特別回線で連絡して、後日遅れた分を取り戻す。お父さんがやらねばならないのは、この二点だけです」

「わかってます」

「大事な時期ですから、風邪ひかないようにとか、交通事故に合わないようにとか、そういう普通の心配をしていいですよ」

はい、はいと正吾はうなずき続けた。

「わかってるんですよ。サトルのことは、別に心配してないんです」

「と言うと?」

 男は目つきをいくぶん強くした。

「・・・・・・里美が、気づいたかもしれません」

 

                   ◎

 

 

                  1月29日

 

「薬?サトルが?おまえ何言ってんだよ」

「でも、おかしいんだって。先生だってお兄ちゃんの担任ずっとやってたんだから分かるでしょ?たぶんお兄ちゃんが中二だった年の春からだと思う。なんていうか、テストの点数とかだけじゃなくて、振る舞いとか、とにかくセンスがイイっていうか、カッコいいの」

「いいことじゃないか、はははッ!」

「全然笑えない」

 里美は担任の朝長に兄の様子がずっとおかしい、と相談をしていた。放送室は防音が施されていて、二人の声だけでなく空気全体が篭っているようであった。里美は少し耳鳴りを感じていた。窓からは綺麗すぎる夕日が差し込む。それが伝えたいことをずいぶん鈍らせた。

「確かに、元々バカではなかったし、まあ普通の人よりは頭良かったと思う。でも、今や東大だって楽勝なんて予備校で言われるほどだよ?行きたいのは京大らしいけど。勉強だって、そんなにやってるわけじゃないんだよ?努力してるっていう雰囲気じゃないの。なんか、いっつもセンスよく知識を吸収してるっていうか、私が雑誌読むような感覚で難しい本とか読んでるんだけど、参考書とか赤本とかはやってないの」

「うーん。突然教養に目覚めることもあるんじゃないのか?」

「だったらバカみたいな友達とバンドなんてやんないでしょ?彼女だって、可愛いけどすごく馬鹿っぽい。まあそこらへんがまたバランスとれてる感じなんだけどね」

 はあっと里美はため息をついた。

「つまり、妙に成熟してるってことか?それもかなりのスピードで」

「そう!それよ!成熟!ありえないほどに成熟してんの」

「だからってお前、薬でそんなことできたら、先生も欲しいな!ふあはは!」

 里美は朝長を無視して話し続ける。

「お兄ちゃんいつも夜は帰ってくるの。もう高校生だよ?今年は受験だから当然だけど、今までもオールしたこととか無いんだよ。必ず夜の10時には帰ってきてると思う。彼女と遊ぶときも、必ず夜は帰ってくる。ありえないでしょ?」

「そこら辺は妙に真面目なのか」

「薬かどうかはわからないけど・・・・・・たぶんお兄ちゃんの部屋に何かあるの。何か、機械とか・・・・・・何回か入ったことはあるんだけど、クローゼットにいつも鍵が掛かってるの。あそこに絶対ある!何かが・・・・・・」

 朝長は顎鬚をさすりながら窓の外を眺めていた。

「だから、クローゼットを開けてみようと思うの」

「・・・・・・どうやって」

「それを相談しに来たんじゃん」

 朝長は机の上に投げ出された放送用マイクのケーブルをいじくりながら少し目が泳いでいた。

「バカにしてるんでしょう?」

「いや、違う」

急に朝長の顔つきが変わった。里美は動悸が一瞬で激しくなった。

「先生も、変だとは思ってたんだよ。4年半前からだな、サトルが中二のときだから。夏休み明けからぐんぐん成績が上がりはじめてな、いやそれが不思議だったわけじゃなくて、あいつの友好関係とか授業中の姿勢は特に変わってないのに成績だけ良くなったんだよ。それから、さっきも言ったとおりだ。教師と話すときに限っては、妙に大人げがあってよう」

 

二人は最終下校のチャイムがなるまで話し合った。

 

 

                2月2日

 

「ちょっと、里美危ないよ。里美!」

 友人のMと下校していた里美は腕を引っ張られて我に返った。

「危ないなああの車、こんな狭い道なのにさ。引かれそうだったよ?・・・・・・ねえ、最近の里美なんか変だよ、急にすごい怖い顔したりだんまりしたりさ」

「ああ、ありがとう。いやいや、うん。もう卒業だなって思ってさ」

「卒業って、まあ確かに私たちは推薦だからあとは卒業するほかないけど、まだしんみりする時期ではないよ?それに里美はお兄ちゃんの心配しなきゃでしょ」

「えっ?」

「えって・・・・・・受験でしょ?京大の」

「ああ・・・・・・そうそう!それそれ!」

 朝長と話し合った結果、里美は2月十15日にある作戦を実行することになった。いつも家にいる母の静子を朝長が電話で呼び出し、スキを狙ってサトルの部屋のクローゼットを鍵がついたまま壊すという。

 サトルの担任もやっていた朝長なら、里美のことについてと言えば問題ないだろうと作戦を立てた。勿論、里美は夜まで帰ってこないことにしておいた。

 

                2月7日

 作戦まであと一週間となった。

 里美はいつもの路地を通って下校していた。

 頭のなかはクローゼットのことでいっぱいだった。

 そのとき、背後から猛スピードで軽自動車が走ってくることに気づいた里美はすぐに花壇の脇へと逃げた、しかし、

 「えっ・・・・・・」

 

                   ◎

 

                《処分報告》

2020年2月7日。神奈川県小田原エリア”ポセイドン”実験体『一ノ瀬サトル』の妹『里美』、S中学校からの帰宅路において、認知症を患う老人の軽自動車と接触し、頭部や左腹部を強打。暫く呼吸が確認できたが、救急隊員が駆けつけた後、救急車内にて心配停止を確認。十七時四七分〇二秒。

               処分動機について 

事前報告に変わりなし。

妹・里美は一ノ瀬サトルの知能発達に異常を感じ、父・正吾と母・静子への接触を経った末、2020年1月29日夕刻、自身が勤める数学教員朝長の下に相談に来る。一ノ瀬サトルの部屋内のクローゼットへの侵入をこころみる次第であったので、処分を決意。二月二日から『里美』消去をこころみたが、2日~6日の計五回失敗に終わる。

             使用オプションについて

 海馬体切除済みの協力者『A-5-609(72歳)』を使用。

2月2日~6日まで毎日十六時三分~十七時三〇分の間に、派遣型特派員109を『A-5-609』宅に送り、帰宅途中の『里美』と八当たるよう工作したが、『里美』の友人による配慮や帰宅予測時刻と合わずに失敗。尚、遠隔式操作運転はいずれの場合も異常なし。

2月7日は成功。

 “ポセイドン”身辺調査員およびH市立S中学校数学教員

                     朝長五郎

                           ――了