勘太の皐月への想いを最初に目にしたのは、先生でした。
二0一四年 七月一一日 金曜日
筋肉鍛錬。朝餉。洗濯。
本日晴天なり。強烈な暑さ、猛暑や。
「真夏日です」ざっけんな、わたしが決めるんや。この暑さの名前勝手に決めんなや。
学校で色々。みんなスマホを見てるので、わたしもそりゃ見ます。
ふと思ったのは、思いついたことを人に言いたくない(或いは人と話せない或いは人と会話するのが苦手)だから文章にした、ってのは今言った動機がいくら不条理であったとしても、後ろめたさか勇気か愛情が無ければ、ゴミ文だってこと。
帰宅。
夜、トトロがやっている。
そうそう、転んだくらいじゃメイ泣かないよ。痛いと悲しいは違うもん。でも、痛いとやるせないがセットになったら突然号泣したりする。
勘太が先生にポンってやられるシーンがいいよね。本当の先生は、子どもの下心わかっとるんよ。
あともう一つ。
ディテールってのは、あくまでもさらりとやるのが表現ってやつだね。絵や文章の中で、主人公が一所懸命になって細々としたところに想像を働かせるなんてのは、作者の独りよがりだよね。うん。